日々是書評

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【江戸の算術士の旅路を描く】天地明察(上)- 冲方丁

総評

冲方丁を読むのは「十二人の死にたい子どもたち」に続き、これで二冊目。

天地明察については、名前を知っていた程度。なんとなく、タイトルとあらすじから難解な印象を持っていた。

実際には、やはり角川文庫だけあって読みやすい。全年齢向けと言った印象。語り口はポップで、感情移入も容易い。キャラクターも分かりやすいものが多い。少年マンガ誌で漫画化されてもおかしくない感じ。

上巻では、江戸城の碁打ちである主人公が、算術士として北極星の測量の旅に出るところまでを描く。

個人的には、日本史に明るくないので、江戸の社会感というか雰囲気を改めて学べた想い。家柄や職業が今よりも固定化されていた時代。江戸城での生き残りという観点にはさながら、池井戸潤のような会社小説・立身出世小説のテイストを感じた。

それから、碁打ちであり算術士である主人公の、好きなものに没入する感じも良い。三浦しをんの「舟を編む」のような、独特の世界にのめり込んでいく様が読んでいて気分がいい。囲碁と算術に関して、その道のライバルや大先輩が登場するのも良い。才能や好奇心を扱う小説は、やはり自分の好みのジャンルだと再確認。

SF小説好きとしては、暦がズレていることによって「今日があさってになっている」という現象に、SF的要素を感じてしまった。暦が正確であることが当たり前の現代だからこそ、それがズレているという可能性は新鮮に読めた。

主人公の春海の、以下の言葉は至言。

教えを請うためにです。自分なりに術を立てて持参すれば、教える側も、どこかが間違っているか指摘しやすくなります。誤りを指摘されることを恐れて、何もかも拝聴するだけという態度は、かえって相手に労をかけます

文量は多くなく非常に読みやすいので、1日もあれば読めてしまうと思う。娯楽小説としては、文句ない仕上がり。

大きな思惑に巻き込まれた主人公がどうなっていくのか。暦改変プロジェクトがどうなっていくのか。下巻を読むのが楽しみ。

各論

以下、読みながらメモした感想。

第一章

主人公の春海は碁打ちとして江戸城に仕える。日蓮的な立場にも寄らず、武士的な立場にも振り切らない、どこか曖昧な立ち位置にいる春海は個人的には好きなタイプのキャラクター。

日本史に明るくないので、江戸の制度を雰囲気を新鮮に楽しめた。登城にあたって様々な規律があるものの、それが朝令暮改で、コロコロ変わるというのはとても日本的で可笑しく読んだ。

争碁とは、碁打ちの座を巡って真剣勝負を行うこと。

算知は、春海の義理の兄。碁打ちの名士。その息子が18歳の知哲。道悦は本因坊家の碁打ち。その息子が道策。春海のライバル的存在?

老中の井上と酒井は犬猿の仲。その板挟みになる春海がまた可笑しい。

城内は狭い社会で、噂が広まるのが速い。そんな中でどう生き残っていくか。それを楽しめる読者には向いている小説かも。ある意味では、池井戸潤のような会社小説・立身出世小説とも読める。

「家禄の足しにならない」という概念があったのか。(家柄にプラスにならない、という意味)

酒井老中の策略?によって、勤めとしての碁打ちが退屈であることを吐露してしまう春海。それに対して、老中は驚くでも軽蔑するでもなく、「本気の勝負がしたいか?」と問う。うーむ、痺れるよう幕引きとなった第一章。

第二章 算法勝負

江戸の火事によって焼かれた天守閣が再建されることはなかった。一部の人々は江戸らしさの欠如を嘆いたものの、天守閣とは軍事的覇権の象徴であり、泰平の世にそれは不要との見方もあった。

なるほど、江戸時代というのは、世界的にはガリレオニュートンの時代なのか。天文学や物理学の発展は、もちろん中国や日本へも波及していたのか。と改めて学びを得た想い。

安藤は会津弁を無理やり江戸風に直した口調とか、誠実な感じとか、萌え度が高い。

碁の才覚と向上心を持つ道策。しかし、城の碁打ちというキャリアの行く末は、上覧碁を上手くやること。つまり将軍を楽しませる碁を打つこと。その未来を窮屈に感じる道策の気持ちがよく伝わってきた。

一方で多才な春海は、「測量」という胸踊るような使命を突然賜る。大きな思惑に巻き込まれ、全く新しい世界に放り込まれる春海の人生は、ドラマチックで羨ましさを感じてしまう。

第三章 北極出地

測量の旅に出た春海。彼の立場は、伊藤と建部のサポート、となっている。二人は江戸の重鎮であり、齢70を超えるものの、天文学に対しては無邪気な子どものような探究心を持つ。それが愛くるしいし、二人の影響もありポジティブさを取り戻していく春海が良かった。

しかし、物語は徐々に確信に迫る。春海は暦について、権威の表れであるとの考えを抱く。そこに被せるように、伊藤と建部から、暦がズレていることを聞かされる。

「もし今日か明後日だとしたら?」という質問はSF要素を感じた。時間移動しているわけではないけど、暦のズレゆえの時間の狂いというのは面白い。現代人にとっては当たり前の太陰暦が普及する前、そんな時代があったんだよなと、改めて不便というか、不思議な思いを持ってしまった。

旅の終盤、春海は設問を編みだし、江戸に帰ってまたそれを張り出してもらうよう頼む。果たして、今度は無術(問題が間違ってる)とはならず、関に解答される。という、キリの良さを感じさせる上巻の終わり方。

星評価

★★★★☆

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